宅急便がいっぱいくるよ

昨日から宅急便の嵐。
ダンボールやら紙やら小物やら機械やらが次々に届きます。
きょうも紙がたくさん来る予定。
玄関は荷物の山で出入りが大変になりました(゜ー゜;Aアセアセ

内職でもするのかって?
(^ー^* )フフ♪
内職になるといいんですけれどね。
まずは腕を磨かなければね。

とりあえず来た材料で熟練できなければ
手を引くこと、と旦那の命令。
追加投資一切なしだそうで。
言いだしっぺの自分はやらずに私に全てまかせたそうで。。(^-^;

ようやくなんとか動けるようになっただけで、まだ荷物とかもてないのに
また悪くしたらどうしようーー
( ̄~ ̄;) ウーン

まあでもやるしかないですね
やることがいっぱいありすぎて目が回りそうです。
このほかにwebサイトを2つ作ることとプログラムの修正なんかも
そうきゅうにやらねばなりません

(○ ̄ ~  ̄○;)ウーン・・・

ガンバ!o( ̄へ ̄o)(o ̄へ ̄)oガンバ!

歩けるようになりました

腰の具合がだいぶ良くなりました。
ゆっくりですが、起き上がれるようになりました。
立って歩けるようになりました。
なによりも、オムツがはずれました
(≧∇≦)キャー♪
きょうは、すぐ近くの郵便局まで歩いていってみました。
コルセットをしっかり巻いて。
ひさしぶりに外にでると、空気が気持ちいい。
鳥の声も草のにおいもいつもより敏感に感じます。
芝生や雑草がどこもきれいに刈られていて
もう夏の準備になってました。
明日からはもうすこし長距離に挑戦してみます

介護される、する、体験

今、ヒドイぎっくり腰になって、寝たきり状態です。
起き上がることが出来ないのです。
大変困りました。
お医者さんには当然いけないので旦那さんに代わりに行ってもらって
強い飲み薬と座薬とシップをもらっています。
座薬を使っても起きられないのです。
旦那と相談して、仕方ないね、試してみようか。
介護用紙おむつを使用することにしました。
かくして介護もどき生活が始まりました。
食事はなんとかなるにしろ、トイレが一番大変なのです。
旦那には大変ご迷惑おかけしています。
申し訳ない気持ちでいっぱいです。
なんともみじめな、情けない気持ちで最初は悲しくなりました。
旦那も慣れない事で戸惑っているようでした。
でも、何日かたつうちに双方ともなんとなく慣れてきました。
年取ったらお互いこういうことしあうんだね、なんて会話が出るくらいの余裕?が
なんとなく出てきました。
なにより旦那が日増しに手馴れてきて、ぱっぱっぱっとできるようになりました。
わたしも、~~(*/>_<)oシ・シヌー、というほどの惨めな気持ちもなくなりました。
「介護」という言葉とその意味は知っていましたが、実際に体験してみると
これはとてもたいへんなことなのだなと。。。。
と同時に、当たり前のことなのだな、とも。。。

わたしたち夫婦には子供がいません。
だから年をとったらたぶんどちらかがとちらかを介護する生活になるかもしれません。
いまは、それほど長期化しないという気楽さがありますが、将来そうなったときに、
長期にわたる介護になったときに、はたしていまのような優しい気持ちでできるかな。
きっと大きな負担になるに違いない。
そんなときでも優しい気持ちをわすれずにいたいな。
なんて、そんなことを考えるようになりました。

新型インフル、診療拒否の病院続出!

熱がある、というだけで海外渡航経験もないのに診療拒否。

友人に外国人がいるというだけで診療拒否。

とにかく、今、熱があって風邪っぽいというだけで診療拒否する病院が続出とのこと。

何考えてるんだか。お前ら本当に医者?

もし鳥インフルが流行したりしたら、きっとこういう医者は病院閉めちゃって

自分の分のタミフルをたくさん持ってどこかに逃げちゃうんだろうな。

信頼できる病院かどうか、信頼できる本物の医者かどうか、見極めるチャンスですね。

ためしに、「熱があって風邪っぽいんですけど。。」と電話してみたらどうでしょう。

ほかの人のためにも、診療拒否されたら、その病院名、医師名を公表しちゃっていいんじゃないでしょうか。

ていうか、公表すべきです。

忌野清志朗が死んだ。。

私が知ったのは亡くなった翌日の朝。

キヨシローは癌と3年戦っていて2009年5月2日に力尽きました。

ショックで涙も出なかった。

ところが外出したとき駅でスポーツ新聞を思わず買ってしまい、

その1面を目にしたとたん涙があふれてきました。

本当に死んじゃったんだ。。。!!

いい年して涙鼻水で電車に乗っていました。。

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清志朗との出会いは、高校1年生のとき。

同じ美術部の同級生の男子が、

「RCサクセション、最高だぜ!」

と言っていたので、こっそりレンタルレコード店へ初めて行きました。

借りたのは、「シングルマン」と「ラプソディー」と「プリーズ」。

自分で言うのもなんですが、そのころは品行方正の優等生で、

「トランジスタラジオ」を初めて聞いたとき、なんかものすごく新鮮で心惹かれるものがあり、

その後もこっそりRCを追っかけていました。

人見知りの優等生はライブなんて行った事ないし、親の前でもいい子でしたのでファンクラブに入るなんてこともありませんでした。

大学に入って、お祝いにウォークマンをもらったとき、RCサクセションばかり聞いてました。

卒業して社会人になってからは、国立にアパートを借りました。

多摩蘭坂まで自転車で行ってみたり。。。

職場はウォークマンを聞いたりラジカセかけてもいい環境のところだったので

清志朗ばかり聞いていた。(眠くならないからね)

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我が心のスーパースター。

それを知っているのは同級生だったYちゃんだけ。誰にも話したことなかった。

Yちゃんもきっと涙を流してくれたでしょう。

キヨシローは燃え尽きて灰になって煙になって空へ飛んでいった。。

9日には一般の人が参加できる告別式があります。

ライブしているようなロック葬だそうです。

キヨシローの最後の晴れ舞台。

体調がよかったら、行ってこようと思います。